風のまにまに
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【2011.03.02 Wednesday

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つなぐということ

【2011.02.28 Monday
23:38
 

 現在、葉山で開催中の
逗子で友人が手がけるカフェに、
昨年仕込んだ手前味噌をとりに行ったその足で、
同展を観に立ち寄った。 

逗子から葉山までの海岸線をなぞって、
誰もいない曇りの日の砂浜を歩く。 
お気に入りの音楽に波の音を合わせたら、
ふたつとない音楽ができあがっておもしろかった。
5kmくらいの散歩は、考えごとをするのにちょうどよい。

葉山は生前の父との想い出が数多くある。
父の勤め先でもあったので、
葉山マリーナで私の仕事があった時には、
氷で冷やした缶ビールを人数分差し入れてくれたり、
魚屋さんの2Fが食堂だった頃の『魚寅』にも、
 私の親友たちを誘ってよく連れて行ってくれた。
パンを買う時は必ず、
『ボンジュール』ではなく『ブレドール』だった。
私の結婚式も葉山で挙げた。
なんとなく、父の面影が傍に感じられる場所だったから。
そんなことも、こんなことも、想い出しながら歩いた。

    

話は大分それたけど、
ようやく辿り着いた県立近代美術館・葉山館。
葉山という立地も手伝って、
リラックスして鑑賞できるのがいい。

美術館に出かけると毎回思うけれど、
そこに辿り着くまでの道程も、とても大切だ。
立地がいい美術館では、たのしみにしている作品に
出会えるまでの期待と興奮が熟成していく感覚がある。
辿り着くと、心がゆっくりとほどけてゆく。

アフリカの彫刻家、エル・アナツイ。
2007年のヴェネチアビエンナーレでは、
作品の代表格ともいえるメタルタペストリーで、
世界から圧倒的な評価を得た。

1944年イギリス領のゴールドコースト東南部
(のちのガーナ)に生まれる。
4歳で母をなくし、教会にあずけられて育つ。
教会の壁にはたくさんの落書きがあったそうで、
中でも『0』は他の数字と様子が違って、
気に入ったと話していて、
その目のつけどころがおもしろい。

「アフリカの子どもたちにとって、
 おもちゃは買うものではなく、つくるものだ」
という言葉が印象的だった。幼少期から、
ものづくりに慣れ親しんでいたことがうかがえる。

ガーナの古都クマシにある美術大学で、彫刻を学ぶ。
イギリスの講師からヨーロッパの近代美術を学ぶが、
アフリカの文化に触れることはなかったのだそうだ。
初めて伝統工芸に触れたのは、クマシ文化センターという
資料館だったという。エル・アナツイは、
この時を境に アフリカの伝統文化に魅せられてゆく。

 ━━━━━ 

メタルタペストリーとは、
空き缶や空き瓶の蓋を銅線で縫い合わせたもの。
布のように丁寧に織り込まれた
ゴロゴロとしたテクスチャー。
アルミ独特の鈍い艶のあるきらめき。
大胆にたぐり寄せられて展示されている様子からは、
 “やわらかさ”をも感じる。
ボトルを開けた時に細く残るあの細長い物体も、
ひとたびタペストリーの一部に織り込まれれば、
いい感じの透かし感を演出する材料になっている。

初期の作品が展示されている部屋を抜けると、
ちりちりと、アルミ片がぶつかり合う音がする。
『オゾン層』という作品。
廃材を使った作品だということを忘れてしまうほど、
丁寧かつ繊細な完成度だけれど、
この作品では、あえてつなぎとめない箇所をつくり、
内側から扇風機で風を送って、アルミ片を揺らしていた。
このほかにも、寄りで見入ってもたのしいし、
引きで見ればダイナミズムを感じる作品ばかり。
大きさはまちまちだけれど、
平均すると5m四方くらいはあった。
透明度の高い作品などは、採光を調整するのに適した
カーテンのような役割も果たす。
空間をたっぷりと生かしたこれらの展示手法は、
大型インスタレーションの特性を存分に引き出していた。

印象的だったのは、メタルタペストリーを
創りあげるプロセス。
この壮大なプロジェクトは、
地元の人々の生活にすっぽりと入り込んでいて、
共同作業として上手にシステム化されている。
工房の助手たちは、都合のいい時に工房にやってきて、
好きな時間だけ作業をする。
役割は人によって決められていて、
空き缶の蓋を集めて銅線で縫い合わせる者。
空き瓶の蓋を切りとって縫い合わせる者。
それぞれが、ハンカチ大のパーツを作り続ける。
仕上がったものは、
最後にエル・アナツイの指示で組み合わせ、
巨大な織物に仕上げていく。
助手たちに、美術の創造に関わっているという意識はなく、
時間から時間まで、ラジオを聴きながら、
ただひたすらに作業をする。
美しい織物は、こうしてできあがってゆく。

創作するということは、
「避難ではなく、癒しのプロセス」だと彼は言う。
なぜ廃品を使った作品をつくるのかというと、
たくさんのひとの手に触れられた廃品には、
それまでに数々のふれあいが生まれ、
その分のエネルギーが作品に宿るから。
「ひと」と「ひと」のつながりを生んだものを
「つなぎあわせる」という行為によって、
奴隷貿易という悲しい過去をもつアフリカ大陸と、
アメリカやヨーロッパをひとつにつなげるという、
癒しの過程そのものなのだ。

それはまさに、エル・アナツイのタペストリーが、
輝きに満ちている所以かもしれない。
心がふるえることを、つなぎつたえていきたいと思う
一個人として、何をどのようにつないでいくのかを
見極めるうえで、とてもいいヒントをいただいた。

彫刻家 エル・アナツイのアフリカ』展は

3月27(日)まで、神奈川県立近代美術館・葉山館にて。

author : s-hiroko
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『ゆく年くる年』〜宇宙の中の自分

【2011.01.01 Saturday
12:33
*「星のスープ」として参加者にふるまう具材、
 カリフラワーとブロッコリーの間の子“カリッコリー”(和名)

平成23年、卯年、元旦。
新年あけましておめでとうございます! 
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

━━━━━

それぞれの国で新年を迎える
空色庵の住人たちのおかげで、
年が変わる瞬間を長く感じられた今年。
海外に住んだことのある人は必ず、
お正月は日本がいい、と口々に言う。
もちろん、私もそのひとりだ。 

例えば「幸先のいいスタートを切る」という言葉。 
年末に大掃除をして住まいや心を清めたり、
玄関に門松や鏡餅を飾ったりと、
日本には縁起を担ぐ風習がある。
年の瀬には、その一年を振り返り、
翌年の豊富を語り合うなど、新たに迎える一年を前に
 “日本人特有のリセット”をする。
それまでの出来事を帳消しにするのではなく、
取捨選択をして、大切にしたいものを残し、
空いたスペースに新しいものを吹き込む。

年も押し迫った、昨年の12月26日、
一昨年の年末から仲間と始めた
cinqというユニットでワークショップを開催した。
cinqでは暮らしを豊かにするためのエッセンスを、
ものづくりやトークライブなどのワークショップを通じて
伝える活動を続けてきた。
今回は、ハワイの伝統カヌー“ホクレア”で
初の日本人クルーとなった、
海洋写真家の内野加奈子さんを招いて、
渋谷のSOCIALでトークライブを行った。
タイトルは『伝統航海術の旅にみる、人生の学び』。

伝統航海術とは、海図やコンパスを使うことなく
星をたよりに方角を読み、風を動力に航海をすること。
船の上から内野さん自身が撮影した画像を観ながら、
ホクレアのミッション、伝統を受け継いでいくことや、
自然とのつながり、船の上での生活などを伺い、
参加者全員で今年一年を振り返った。 

 *ゲストスピーカーの、内野加奈子さん

 *ワークショップの様子

全長約20メートルというホクレアのデッキ部分と
ほぼ同じくらいの空間で、この周りが大海原だったら、
と想像しながら内野さんのお話を伺ったらゾクゾクした。

 内野さんの写真の中から、
4年に一度オリンピックの年に開催され、
1300年以上も続く、山口県・祝島の伝統神事、
神舞(かんまい)についてや、
日本の島の数は6,852もあることなど、
日本にいても知らないことが多いことを改めて感じる。
海から見た日本という国は、紛れもない島国であり、
豊かな風土だったと、 内野さんは話してくれた。

内野さんの言葉にはチカラがある。
その一つひとつに真実が詰まっていて、
私たちの胸を少しずつ熱くしていく。

ホクレアの11人のクルーに選ばれるということは、
並大抵のことではない。例えば、
220ほどの星が昇る位置と沈む位置を頭にたたき込む。
ハワイの航海術では、空を5つのセクションに分け、
一枚のキャンバスに描かれた絵を見るように星を憶える。
それでも、星は夜しか見えないし、
緯度はわかっても、経度はわからない。
だから、それまでにどれだけ進んだのかを
知ることが全ての糧となる。
速度の目安は、カヌーの進度を計る道具がないので、
波がカヌーの穂先からお尻までどのくらいの速さで
到達するかを目安にする。 
旅の途中、風が全くの無風状態になり、
2日半、その場所に停泊していたことがあったそうだ。 
空の細部に至るまで海面に映り込み、
海の中で生き物たちが上ってきては、
下りていく様子もくっきりと見えたそうだ。
その時の海の様子を「鏡の海」と表現し、
それはまるで辺り一面にオイルが広がっているようで、
空と海の境界がなく、海面から腕までが一体化して、
宇宙と繋がっているような感覚だと言う。
起こりうる全てのことを想定して準備を怠らず、
何が起きても平静な心で受け止められなければならない。
聞いている私の方は、自分たちしか居ない、
周りに何もない大海の同じ場所に佇み、
不安になることはなかったのかと思うけど、
普段私たちが気づくことのできない、
生命の営みが、今も変わらず海の中にあって、
そこでしか見られない世界があったと、
内野さんはやさしく微笑みながら語ってくれた。

海のうえでは、心技体はもとより、
感覚を研ぎ澄ませて、状況を読みとるための
集中力や判断力がものを言う。
太陽、雲、波、風、星、
自分たちの居場所を知る手がかりは、自然の中にしかない。
どんな知識よりも、最終的に身を助けるのは、
その体感値だと内野さんは言う。
もちろん最適な判別をするための知識は必要だけど、
ヒントを感じとれるアンテナを常に磨いておくこと。
その一つひとつの体験こそが、そのあとの役に立つ。

恐怖心はないのか、という問いには、
「立ち向かおうとすると恐怖に飲み込まれてしまうので
 恐れを認識したら、まるごと受容することにしました」
と答えてくれた。
また5か月間、同じ船のうえで暮らした
11人のクルーとの生活やコミュニケーションにおいても、
内野さんの哲学は変わらない。
「相手を変えようとするのではなく、そのままの相手を
 受け入れる。そしてホクレアの目的を根っこの部分で
 共有しているので、その価値をシェアできるんです」
寛容性と、価値の共有。 
この言葉は、私たちの社会でも大いに役に立つ。

最後に、参加者のみなさんに真っ白な一枚の紙を配り、
今年を振り返り、来年を見据えるために、
ある問いを投げかけてみた。
「あなたが来年も大切にしたいと思うことはなんですか?」
「実現するためにやってみたいことを3つ挙げてください」

ハワイでは、あらゆる感情は「愛情」と「恐怖」に
選別されると言われているそうだ。 
例えば、「仕事を辞める」という選択をしたとする。
やりたいことにフォーカスしたいからなのか、
会社での人間関係が嫌だからなのか。
それによってそのベースとなる感情が違うということ。
参加者のみなさんには、3つのやってみたいことが、
どちらのベースにあるか考えてもらった。
新たな年に幸先のいいスタートを切るための
何かを持ち帰ってもらえたらと、
内野さんと考えた最後のワーク。

当日は、懇親会も兼ねていたので、
cinqのスタッフが愛情を込めて、
食べものや空間をつくりあげた。
当日のメニューはコチラ。 

・カリッコリーの星のスープ
・北海道さんの鱈とハーブのサラダ
・星のクッキー
・ブレッド
・白ワイン/蜂蜜ワイン/三年番茶
・MAMAKI TEA(ハワイのデトックスハーブティー)





内野さんの尊い体験を通して、
参加者の方々と一つの旅をしたかのような充足感があった。
そして、新たな一年を迎えるにあたり、
何より私自身の心の整理をするきっかけをもらった。
同じものを食べ、価値を共有する。
私はやはり、その過程に興味がある。
これからも、そこに関わっていきたいと思う。
宇宙の中の自分で。

*内野加奈子さんとcinqの仲間たちと共に

内野さんの著書『ホクレア 星が教えてくれる道
(小学館) には、海を表すたくさんの豊かな表現が
詰まっている。ぜひ一度手にとってみてほしい。
もしかしたら、一生体験することなどできない、
伝統航海術の旅に、少しでも触れることができるから。 

author : s-hiroko
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未来に遺したいニッポンの調味料

【2010.11.16 Tuesday
14:39
*米焼酎の甘酒割り。 

読者のみなさま、 
ご無沙汰してしまいまして申し訳ございません。
空色庵メンバーのみなさま、 
足並みを揃えられずにすみませんでした。 
ようやくの更新です。

 ━━━ 

日本に帰国してからのこの1年で、 
秘かに見識を深めたいものができた。 
それは、日本に古くから伝わる伝統調味料。
 元々、塩、酢、醤油、味噌、オイルなど、 
こだわって選んできたつもりだけれど、日本を離れ、
欲しい調味料が手に入りにくかった環境にあったことで
「選べる」贅沢を痛感した。 

たまたま仕事を通じて巡り会う機会も多く、
それらの調味料たちのすばらしいこと。 
まだまだ、知らなかったものだらけ。
伝統調味料には地域性もよく出ていて面白いし、
少々値がはっても少しずつ使うものなので、
さほど苦にならない。
何よりいいモノを使うだけで、
料理の腕が数段あがったようにみえる(笑)。

私にとっての伝統調味料の定義は、
1)国産素材を用いていること。
2)可能な限り古典的な手法で作られていること。
3)添加物、保存料は使用していないこと。
4)上記を踏まえ、時代に即した道具や機械の導入など、
     本質に遜色のない利便性は追求する。

今回ご紹介したいのは、大分県・佐伯市で
創業321年の糀屋本店がつくる「塩糀」と「甘糀」。
先日、農家のこせがれたちを中心に運営している、
都心にある農業実験レストラン
六本木農園」で行われた「糀屋本店の女将、
浅利妙峰(あさりみょうほう)さんを囲む会」
に参加した。妙峰さんのお話を伺いながら、
糀屋本店の「塩糀」と「甘糀」を使った
糀料理のフルコースを愉しむ会だ。
その日たらふくいただいた一部のお料理をご紹介。

*農家さんから届く新鮮野菜を、甘糀と辛味噌のソースで

*甘酒に酔わせた茄子田楽。

*聖護院かぶの塩糀漬け。

*甘酒ジェラートの最中。

この妙峰さん、8代目のお父さまと、 
9代目見習いの愛息子さんとの間を取り持ちながら、
現代の各家庭の食卓に糀料理を呼び戻そうと、
日本全国を周り、糀のすばらしさを伝え続けている。
5人のお子さんを育てあげた逞しい母の顔もお持ちだが、
なにせ肌がものすごくキレイで、
何より引き寄せられる人徳が備わっている。 
笑顔が素敵で、話しているだけで包み込まれるような
温かさをお持ちの方だ。

そんな妙峰さんが女将を務める糀屋本店の
何がすごいかというと、糀料理を広めるのと同時に、
糀を現代の料理にも使いやすい調味料に仕上げたこと。
どんな料理にも、個人のやり方に合せて使えるのだ。 

例えば「塩糀」は、お肉やお魚をつけておくと
身が柔らかくなり、旨味を引き出す働きをしてくれる。
野菜だけの炒め物にも塩糀を入れるだけで、
 驚くほどにまろやかなコクが加わる。

「甘糀」というのは、いわゆる甘酒のことで、
糀屋本店の甘酒を一度飲むと、二度と他の甘酒を飲めない。
ドレッシングにしたり、ピザの生地に混ぜたり、
すきやきの割下の隠し味に使うだけで、
ほんのりとした甘みと、具材に深みが加わる。

普段から私の料理には、ほぼ塩しか登場しない。
時折、醤油が出て来るくらいで、砂糖は滅多に使わない。
でも、糀屋本店の「塩糀」と「甘糀」を使い始めて、
これほど万能で素材の味を生かしてくれる調味料に
出会ったことがなく、料理をして素材を口にするまでの
時間が、ことさら愉しみになった。

糀はおいしいだけではない。
脳のエネルギー源となるブドウ糖類を20%以上、
天然型吸収ビタミン群を豊富に含み、
高血圧や肥満防止、美肌効果も高く、
夏バテや疲労回復、免疫力強化、便秘解消、
腸内環境の正常化、と、身体が喜ぶ効能ばかりなのだ。 

そもそも「糀」と「麹」の違いは何かというと、 
米コウジは日本でできた「糀」という漢字を用い、
麦コウジは中国からきた「麹」という文字で表すのだそう。 
個人的には「糀」という漢字がなんだかつやっぽくて、
すぐに気に入った。

 *この米糀に塩を混ぜて、自家製「塩糀」に初挑戦中。 

糀はどのように作られるのかというと、
日本に6 軒しかないという種麹屋さんから糀菌を買って、
蒸したお米に菌を植えつけて醗酵させる。
種麹屋さんは無農薬の稲にしかできない、
宝玉と呼ばれる黒い実の中から糀菌を採取する。
ただでさえそれだけ希少価値の高いものなのに、
種麹屋さんが日本にもう6軒しかないなんて、最大の危機。 
私たちはもっと糀の恩恵にあやかっていいはず。 
消費を増やさなくては、日本の古き良き食文化が
少なくなってしまう。

*稲にできた、黒い宝玉。

古くから伝わる、理にかなった調味料を使うことは、 
私がニッポン人であることを大切にできる一番の近道。 
これからも見識を深めて、できることならその良さを、 
少しずつでも広めていきたいと思っている。
author : s-hiroko
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三者会談

【2010.04.16 Friday
16:34


*季節料理とさぬきうどんの店『高松』の肉うどん。撮影:渡辺葉さん

久しぶりの更新。

かなりのご無沙汰を心よりお詫び申し上げます。


寒暖差激しく、うららかな春とはほど遠い東京だけど、

書き手としては致命的でもある、

私の重い筆が動くきっけとなった出来事があった。

4月の頭に、この空色庵の住人である、

渡辺葉さん(以下、葉さん)と

松本典子さん(以下、まつのりさん)とお目にかかる

機会があり、念願かなって初対面を果たしたのだ。


今までにメイルのやりとりはあったけれど、

私がおふたりにお目にかかるのは、実は初めて。

普段ニューヨークにお住まいの葉さんが帰国中という

こともあって、ひょんなことからお目通りがかなったが、

さすがは同じ屋根の下、ならぬ、同じ空の下の住人。

ひよっこの私にも気さくに話しかけてくださる

おふたりのおかげで、古くからの知り合いのようで、

見かけによらず人見知りの私が打ち解けるまでに、

さほど時間はかからなかった。

目的が同じだからかな。なんか、そんな感覚。


━━━━━


明治通りに向かって歩いていたら、

ふと、裏路地にあった「さぬきうどん」の看板が

3人の目にとまった。いま考えると不思議だけど、

歩いていた道沿いにあったわけでもなく、

振り返らないと気づかない角度だったにも関わらず、

3人ともがほぼ同時に、その店が気になった。


空色庵の住人は感覚の鋭いひとが多く、

いつもアンテナがぴっかぴかに磨かれている。

そのアンテナにひっかかったのだから、

入らない手はないってことで、

さくっとお腹を満たすことに。




*左、松本典子さん 右、渡辺葉さん 撮影:白石宏子

いい具合に侘び寂びを感じさせる外観に加え、

間口は狭いけど、以外と奥行きのある店内は、

タイムトリップしたような、昭和レトロの雰囲気。

ある女性歌手の方のポスターが店内の至るところに

掲出され、このお店が彼女を全面的に応援している

意図が伺える。お店の方も気さくでほんわか。


気がつけば3人揃って、店主おすすめの

肉うどん(¥850)を頼んでいたことも奇遇だが、

まつのりさんと私は、手づくりのおにぎりがつく、

肉うどん定食(¥950)にした。


お出しが効いた薄味で、薄切り肉の味がよくしみ出し、

もちもちっとした弾力性とコシの強い讃岐うどんが、

よく合っていた。つるつるとうどんをすすりながら、

会話に花を咲かせる。しかし、汁物とおにぎりって、

なんであんなによく合うんだろう。汁物屋さんで、

おにぎりが単品であったら、どうしても頼みたくなる。





*左、白石宏子 右、松本典子さん 撮影:渡辺葉さん

まつのりさんには、着脱が簡単でとってもスマートな

自転車かご『Reisenthal』を教えてもらったし、

葉さんには、随分前に読んだニューヨークの地下に住む

ひとびとについて書かれた『モグラびと』という本が

大好きで、それが葉さんの翻訳本だったと知って、

本当に嬉しかったことを、話した。


ほんの小一時間だったけれど、心ゆたかなオフ会に、

大満足な昼下がりだった。


━━━━━


■季節料理とさぬきうどん『高松』

東京都渋谷区渋谷3-7-7 窪田ビル1F

tel03-3406-0865


author : s-hiroko
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生命力

【2009.11.16 Monday
12:51
 
*群馬県川場村の空と初冬のつめたい風にたなびくすすき。

実に久しぶりの更新。
空色庵のことを考えない日はなかったけれど、
アウトプットに時間がかかる私は、
なかなかじっくりとPCの前に座る時間がないまま、
今日になっている。
マウイに住む愛おねえさまは、
私のアウトプットの遅さを笑い飛ばしてくれるけど、
当の本人にとっては結構深刻な悩みだ。
心動かされたことを伝えていくことが、
人生を通して取り組みたいことなのに、
これは決定的なネックとなる。
私のことをよく知る仕事仲間も「便秘みたいなものよ」と、
苦笑いしながらゆるしてくれる。
支えてくださる人たちに心からの感謝を。

*陽のひかりを浴びて、真っ赤に熟したりんごたち。

今月はじめ、親友一家が群馬県川場村に借りている畑へ
りんご狩りと野菜の収穫に行くというので、
友人たち数家族と一緒に連れて行ってもらった。
川場村は「都市交流事業」と題して、
東京都世田谷区と相互協力協定を結んでいて、
世田谷区民だと安く泊まれる宿があったり、
畑やりんごの木が借りられたりする。
都心に住む大人や子どもが自然に帰る機会を生み、
地域活性を喚起できる上手なモデルケースだ。

横浜のベッドタウン育ちの私ではあるが、
親戚が山梨でワイナリーをやっているので、
ぶどうや桃、なしなどには免疫があったのだが、
りんごや大根の収穫は、実は初めての経験だった。
りんごが木になっている様子を目の当たりにしたら、
子どもたちをよそに思わず大興奮してしまった。
収穫される準備のできたりんごたちは、
素人目にもおいしそうで、生命力に満ちあふれていた。
これに比べてスーパーにキレイに陳列されたりんごたちは、
なんとお上品に見えることだろう。
やっぱり食べ方や売り方は、とても大事だ。

*今回一緒に参加した親友の愛息のなぎくんと自分の顔を描いたりんご。

*高校時代からの親友のご主人と愛息のゆうきくん。りんごを持って嬉しそう。

*この日は初雪が降って気温は4℃。紅葉もキレイ。

生まれて初めての大根や人参の収穫とあって、
私も張り切って長靴を購入。
これからも土に慣れ親しむ機会をつくりたいと、
自分への意思表明の意味もあった。
私は生来、虫が苦手で見ただけで身の毛がよだつ。
でも、これからの時代そんなことは言っていられない。
先日会った有機農家の方が話していた。
「有機栽培は確かにとっても大変です。時間も労力も
気力もいります。でも殺虫剤や除草剤を使った野菜を
虫が食べてコロッと死ぬのを見て、これを人間が
食べていいはずがないって思ったので始めたんです。」
と。数年前から、できる限り無農薬や有機栽培、
減農薬の食品を選んで食べているけれど、野菜に青虫や
幼虫がついていることはしょっちゅう。
そのたびに「ひぃーっ」とつい声が出てしまうのだけど、
親友の子どもたちに「こわくないよ。かわいいよ。」
と言われて、そうだ、こわいと思うからいけないんだ、
と強く自分に言い聞かせて、キアゲハの幼虫のことも
かわいがってみた。ファーストコンタクト終了…(苦笑)。

*抜き方に戸惑う大人をもろともせず、迷いなく挑む子どもたち。

*いい感じに腰が入っていてなかなか様になっている。

*キアゲハの幼虫。ようく見ると芸術的な模様。

*みんなで収穫した見事な大根や人参たち。とても元気。

食べ物は自分で選べる唯一の薬といっても過言ではない。
自分の口から身体に入れるものだから責任を持ちたい。
子どもがいれば、さらにその責任を持つ口が増えるわけだ。
身体にいいものは、心にもいいはず。
そんなことをゆっくりとすこしずつでいいから、
伝えていきたいと思って、地道に活動を始めている。
都市に住む親子や、やがて親になる大人へ。
そして、昔子どもだったはずの大人へ。
活動自体は地道だけれど、また別の機会にご紹介したい。

今回多人数をまとめて自身の畑に連れて行ってくれた、
親友のノブちゃん一家には心から感謝したい。
ノブちゃんは、3人の子どもを抱えながら、
大学院で自分の研究も続けるバイタリティーのある女性。
ご主人もとても協力的で、自然が身近にある環境を
体験として子どもたちに知ってほしいと、
月に数回川場村の畑に通っている。
夏から仕込んできた野菜が今回無事に実ったわけだ。
最後のいいところだけ参加させてもらった私だけど、
ノブちゃん一家がみんなで共有したいと用意してくれた
素晴らしい機会だった。本当に有り難い。

*ノブちゃんのご主人と愛娘のあいちゃん。渓山荘のカフェにて。

帰り道、シュタイナーのワークショップなど、
さまざまな興味深いイベントを実施したり、
センスのいい作家さんの小物やこだわりの調味料などの
販売も行なう宿泊施設「渓山荘」に寄って、
ホットアップルジュースを飲んだ。
おかげさまでとても充実した休日だった。
生命力のあるものを食べると、生命力がみなぎる。
本当はシンプルなことなのだ。

*道中で見かけた、雪化粧をした富士山。






author : s-hiroko
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積み重ねの先には

【2009.09.30 Wednesday
00:57
 
※目が覚めるほど色鮮やかなヴィヴィットピンクのガーベラ。

私の幼なじみがハワイのオアフ島に移住して4年半。
彼女は小学校からの友人で、放課後もよく一緒に遊んだし、
お家におじゃましては、おかあさんにおいしいごはんを
食べさせてもらった。
5年生の時、電車で3駅離れた町に転校してしまって、
今思えばいつでも会える距離なのに、
当時の私はすごく遠くに感じて寂しかったのを憶えている。

しばらくの時が経って、彼女と再び会うのは
同じ高校を受験するとわかった朝のこと。
誰からだったか、彼女と私の志望校が同じだと聞きおよび、
慌ただしい受験当日の朝に声を踊らせて電話をした自分を、
今でも鮮明に思い出す。
縁あって、再び同じ学び舎で同じ部活に入り、
青春時代の苦楽を共にした。
その後、私たちは違う進路を選び、
彼女は銀行に就職し、私はスイスへと旅立った。
彼女の人生が面白いのはそれからで、
スイスから帰ってしばらく経つと、
彼女はやりたいことを見つけて銀行をすぱっと辞め、
働きながらアロマセラピストの勉強をし、
見事イギリスの認定試験にも合格した。
当時はまだ、アロマセラピーなんていう言葉を、
聞き慣れない頃だった。

その後、銀行やアロマセラピストとしての経験を
十二分に生かした仕事をしながらも、
ドイツの思想家ルドルフ・シュタイナーが確立した
「人智学」に大きな関心をもち、
それをハワイで学ぶと言って留学を決めた。
目的を見つけた彼女は強かった。
元々栄養士の資格をもっていたので、
食にも精通していて、マクロビオティックも早くから
積極的に生活に取り入れ、瞬く間にすべての要素は
重なりあって、つながっていく。
ハワイ大学では「ファミリーリソース」を専攻し、
家族を通して人の生き方や愛し方、
人間性の育み方などを学び、
今はそれらを社会で具体的に活かすため、
副専攻として「ビジネス」を学んでいる。

彼女の素晴らしいところは、“○○になりたい”という、
明確な職業や肩書きを振りかざすわけではなく、
そのとき、そのステージでやらなければいけないことと、
その先につながる道を確実に見すえているところだ。
最終的な彼女の着地点は私にもまだわからないけれど、
ひとつ言えるのは、彼女が今やろうとしていることは、
前例がないということ。
前衛的な先人たちがそうだったように、
誰もやったことがないことは、周囲から理解を得にくい。
でも私は、彼女が究極の“引き寄せ人生”の実践者だと
知っている。だから、必ず私が想像もできないような
人生を引き寄せるに違いない。

そんな彼女がよく行くカフェでふと見つけた、
ガンジーの詩をシェアしてくれた。

━━━━━

Keep your thoughts positive 
because your thoughts become your words.

Keep your words positive 
because your words become your behaviors.

Keep your behaviors positive 
because your behaviors become your habits.

Keep your habits positive 
because your habits become your values.

Keep your values positive 
because your values become your destiny.

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そうか。
ポジティブマインドとかよく言うけれど、
なかなか実践し続けるのは難しいし、実感しにくいもの。

でも、
考えることが言葉となり、
その言葉が振る舞いとなり、
その振る舞いは習慣となり、
習慣はそのひとの価値となり、
価値はそのひとの運命となるのなら、
やはり、今日何を思うのかは、とても大切だ。
だって、その積み重ねが人生になるのだから。

彼女はいつも私に新鮮な気づきをくれる。
不思議だけど、毎日を共に過ごしていた小さい頃よりも、
今はもっと傍にいる気がする。

いま自分が感じることや考えることを大切にして、
そこに感謝の気持ちを添えて、
日々を積み重ねていこう。
そう改めて思ったきっかけだった。



author : s-hiroko
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mind the gap

【2009.09.18 Friday
20:18
*陽が沈んだあとの芦ノ湖。

他人が見る自分と、自分が認識する自分が違うように、
国という集合体にもまた同じことが言えるのかもしれない。

つい先日までミネソタ時代の友人が遊びにきていた。
彼は4年間ミネソタ大学で機械工学を学び、
今夏晴れて卒業してマレーシアに帰るのだが、
元来の日本好きが高じて、
在学中には日本語を驚異的な早さで習得し、念願の訪日。
広島、京都、新潟、名古屋、東京と、
10日間でミネソタでできた友人を訪ね歩いた。

東京担当の私は、彼にリクエストを聞くと、
富士山、東京タワー、皇居、
新宿の高層ビル街、秋葉原だった。
4日あったので主人の実家に泊めてもらい、
お義母さんの作る家庭のごはんを存分に味わって、
私たちが動けない日にはお義母さんに案内役もお願いした。

*左が、友人のライハン。右は、お義母さん

まずは富士山を見るために箱根へ足を延ばした。
台風の影響であいにく肝心の富士山は拝めなかったが、
大湧谷で火山帯の活動を見て、
食べると寿命が7年延びると言う“黒たまご”を味わい、
芦ノ湖で海賊船に乗り、夕陽が沈むのを眺めた。

*大湧谷名物のご長寿“黒たまご”。

翌日は原宿を歩き、渋谷のスクランブル交差点を見て、
秋葉原でメイドカフェや漫画喫茶に行き、
街でコスプレイヤーを見つけては興奮し、
お寿司の形をしたUSBをお土産に買い、
主人の職場でもある劇場で松たか子さん主演の
ミュージカル「ジェーン・エア」を観た。
最終日は新宿都庁の展望台、浅草の浅草寺と仲見世に、
もんじゃ焼き、皇居では二重橋と和田倉門、
クライマックスは今年で50周年を迎え、
間もなくテレビ塔としての役目を終える東京タワー。
米国から帰ってきたばかりの私も、
友人のおかげで新鮮に東京について省みることができた。

*東京タワーの特別展望台までのエレベーター。

今回の行程で完全に私のテリトリー外だったのが秋葉原。
しかし今や「J-pop Culture」という言葉があるくらい、
欧米人を惹き付け、日本を代表する“文化”になっている。
オタク、マンガ、コスプレ、ゴスロリ。
マンガはあまり読む方ではないけれど、理解はできる。
でもメイドカフェやコスプレに至っては、
どこに行けば何が出来るのか、皆目検討もつかない。
正直に言えば、何がいいのかさえさっぱりわからないし、
日本には古代から受け継がれてきた伝統様式だってあるし、
世界でも稀なほど繊細な四季の移り変わりによる
侘び寂びの文化があるのに、なぜ「オタク」なのか…。
海外から注目される求心力の源は何だろう。

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1年間米国に住んでみて、考えさせられたことがある。
二十歳を過ぎて間もなくスイスに住んだことがあるが、
歴史ある多くの国が集まったヨーロッパとは明らかに違う。
広い大陸がひとつの国としてまとめられ、
多くの移民が住み、国としてはまだ青年期とも言える、
若干233歳のアメリカ合衆国。
一方で、四方を海に囲まれた小さな国、日本。
新型インフルエンザ対策に日本が起こしたアクションに、
「水際作戦」というのがあったが、
あれは正しく島国らしい発想だ。
外からの異物を遮断するという考え方。鎖国文化の余韻。
米国にはその感覚がまったくと言っていいほどない。
あまりに広い大陸であり、単一民族ではないからなのか。

そんな日本も私が物心ついた頃はすでに欧米化していた。
高校時代には、米国製のカラーバインダーや
3枚パックのHanesのTシャツを買いにソニープラザに通い、
Ralph Laurenのセーターや靴下を身につけ、
「インポートモノ」に何の疑問すら抱いたこともなかった。
しばらくして、自分が身につけたり、食べたりするものが
国産かどうかを考えるきっかけになったのは、
豆冨や味噌、醤油など、日本食には欠かせない食材の
原料となる大豆が、95%も輸入に頼っていたことを
初めて知った時だった。

貿易には様々な理由が考えられる。
当然外国の文化が自由に入ってくることで刺激が得られ、
私たちの視野は広がるし、地球レベルで物事を捉えられる。
また、国交を密にすることで他国との均衡も保たれる。
今でこそ消費者レベルでも「自給率」について考える
世の中になったけど、お恥ずかしながら私も、
少し前まで、輸入モノを消費すればするほど、
国内の産業が衰退するという図式を、
リアリティーをもって考えたことがなかった。
なぜなら、好きなものは好きでよかったから。

第二次世界大戦に敗戦して“強制終了”を
やむなくされた日本が先進国の仲間入りを果たしたのは、
産業発展の礎を築いた高度成長期に、
父たちの世代が寝る間を惜しんで働いた功績のおかげだ。
当時の米国の自動車や電化製品は、
日本の技術の数段先をいっていた。
今でこそ日本製のものは精密で丈夫だと評価され、
米国内の道路の至る所を日本車が走り、
電化製品も最安値の商品の3倍以上の値段で取引される。
今では米国の三大自動車メーカーが経営不振に陥り、
国の経済支援を受けることになるなど誰が想像しただろう。

━━━

ある特定の枠組の内側から見る世界と外側から見る世界。
そこには明確なギャップがある。
ただ、そのギャップはもしかしたら埋めるべきものでもなく
むしろ活かすべきものなのかもしれない。
その振り幅が大きければ大きいほど、
一層興味を掻き立て、バランスを保つことが愉しくなる。
そういうものでいいのかもしれない、とも思う。


*足元から仰ぎ見る東京タワー。




author : s-hiroko
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夏の終わりの帰還

【2009.09.03 Thursday
10:41
神奈川県・葉山の一色海岸。
*神奈川県・葉山の一色海岸。

夏も終わりに近い8月末、ついに東京に帰ってきた。
昨年9月から1年間、主人の仕事の関係で
米国・ミネソタ州、ミネアポリスに住んでいた。
ミネソタでの生活を綴るために始めた、
「風のまにまに」というこのブログのタイトルも、
人々がその土地にしっかりと根を張って暮らしている
ミネソタに住んだから思いついたタイトルだ。
東京への帰還を機に『空色庵』へお引越しさせていただき、
タイトルはそのままに東京での生活も綴っていこうと思う。

米国でのブログの後半はほとんど更新出来ないままで、
家族や仲間には心配をかけたけれど、
その空白の時間はまぎれもなく、私たちが悔いのないように、
毎日をひたすら駆け抜けた証。
本当にあっという間だったけれど、
日本に居ても同じあっという間の時間だったのだとしたら、
ミネソタで出逢った素晴らしい人々や物事に心から感謝したい。
これらの貴重な出逢いの数々を宝物に、
米国に行く前とは明らかに違う自分と、
昔から1ミリも変わらない自分とで、
これからも胸を張って生きていきたいと思う。

━━━

帰国した8月20日、成田空港を出ると、
日本特有のうだるような暑さが私たちを出迎えてくれた。
湿気を含み身体にまとわりつくような空気に触れると、
「そうだったそうだった…」と日本の夏を思い出す。 
ミネソタの友達が、
「日本の夏は暑いよー。シャワーでも浴びちゃったの?って
聞きたくなるような人が歩いてる。」
と言っていたのを思い出した。
自分も例外ではない。
新居が見つかるまでの間、主人の実家にお世話になっているが、
駅までの道のりを自転車で走ると、どこもかしこも汗でびっしょり。
電車に乗るのもはばかられる。
どこへ行くのも車だったミネソタライフとはほど遠い。
でも、これもまた私が育った故郷、ニッポン。

8月31日、友達が毎夏やっている海の家の最終日だったので、
葉山の一色海岸へ行ってきた。
葉山という土地は、父の職場だったこともあるし、
自分の仕事でも通ったり、結婚式をした場所でもあるので、
今でも時折足を運ぶ。
昔、父によく連れて行ってもらった、
お魚屋さんが営む定食屋さんへ久しぶりに行ってみた。
80歳をゆうに越える元気で粋な女将が切り盛りする店だったが、
行ってみると様子ががらりと変わっていた。
お魚屋さんはなくなり、
定食屋だった部分も西洋風の建物に様変わり。
世代交代かな…と、
父との思い出がひとつなくなってしまったようで、少し寂しくなった。


刺身の盛り合わせとフライの盛り合わせを友人たちとつつく。
*食事処が併設されたお魚屋さん「魚佐」。

お魚も売っているし、裏で定食屋さんを営んでいる。
旬なお魚料理が出てくるその店先には、
席が空くのを待つお客さんでいっぱい。
お魚屋さんの土日の営業は
予約のみの販売というその潔さも最高だ。


食事処が併設されたお魚屋さん「魚佐」。
*刺し身の盛り合わせとフライの盛り合わせを友人たちとつつく。

おいしいーーーーーっ!
口に入れるととろけだすほどの新鮮さ。
これぞ、ニッポンのお魚だ。
この新鮮さと繊細さを持ち合わせるお魚に、
米国ではお目にかかれなかった。
家族や友達に会うのと同じくして、おいしいお魚を食べる時、
あぁ、帰ってきたのだ、と思う。

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こうして考えてみると、私にとって食べることはとても大切。
新しいところに住んでも、旅をしても、
その土地の食べ物を口にした時、
ようやくその土地を知ることができた気がする。
これからしばらくは住まい探しに奮闘することになりそうだけど、
今は、主人の実家にお世話になりながら、
お義母さんのごはんに甘えさせてもらって、
ゆっくりと東京に根を張る準備をしていこうと思う。



お義母さんがお庭で作って食べさせてくれる元気な野菜たち。
*お義母さんがお庭で作って食べさせてくれる元気な野菜たち。
author : s-hiroko
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白石 宏子
writer
workshop coordinator
(food, art, kids)